偽典・女神転生Another

偽典・女神転生
作:Shinji
リンク:Shinji Gate

20××年、ミサイルの大破壊によって無政府状態となった東京は、
ミュータントや悪魔達が栄える、荒れ果てた世界となった。

悪魔と人間の対立……イシュタル教徒とバール教徒の対立を中心に、
各地で覇権を争う戦いが繰り広げられており、
力無い人間達は、常に死と隣り合わせな生活を送ることとなっていた。

今となっては、昔は安全であった地下シェルターでさえ悪魔に滅ぼされる始末であり、
つい最近も初台・原宿と『メールから悪魔を侵入させる』という思いもがけない方法に、
いともたやすく十数年間栄えたシェルターの人間達も皆殺しにされた。


……もはや、自分の身は自分で守るしかない。

それが出来れば苦労しないものだが、『それ』が可能である人間も少なからず居た。

舞台は、数少ない『その人間達』が潜んでいる『場所』のひとつである、東京・市ヶ谷シェルター。

主にサイバネック医療技術の研究をしている施設であるが、
元軍用施設であってか、管理者の頭脳も併用され、
対悪魔に対しての防犯セキュリティは完璧であり、悪魔達は迂闊に手を出せない。

逆に『生きる為』に自分の体を強化しようと『多く』の人間が訪れており、
その膨大な改造資金を使って熟練の傭兵を雇うなど、まさに死角なしである。

しかし、凡人は入館が許可されるはずも無く、
安全が確保されるのは資金を持つもの、または強力なデビルバスター、
そして頭脳に優れる者だけであり、前者の『多く』とは言っても、
現在の東京の人口に対しては、ほんと一握りの人間にしか過ぎない。


……その『一握りの人間』である、一人の女性に話は移る。

市ヶ谷シェルターの地下宿舎フロアの一室……

暗闇に閉ざされたその個室のベットの中で、女性は苦しそうな寝息をたてていた。




「うっ……ん……」

『ヘヘヘ……今度は俺の番だぜぇ。』

『こっちの穴も使わせろよ! 後が痞えてんだからよ!』

「……や……嫌……やめ、って……」


体を小刻みに震わせながら、布団をきつく握り締める女性。

どうやら、恐ろしい夢を見ているようだ。

部屋の中は普通の温度であり、寝るには適温そうであるが、
女性は下着姿ながらもかなりの汗を滲ませ、うなされ続けていた。

このような悪夢を見るのは彼女にとって何度目になるのか……

本日はせっかくの休日であるのだが、睡眠さえ満足が取る事が出来ない。

だが、彼女の悪夢は意外な形で覚め、現実に戻される。


ピーーッ、ピーーッ、ピーーッ!

「……はっ!?(内線ッ?)」 ガバッ!!


部屋のデスクトップコンピュータに内装されている電話機能が、
突然呼び出し音を鳴らし、女性は飛び起き、ベットから降りるとボタンを押した。

すると、直後に聞こえてくる男性の声。

聞きなれた、若いながらもこの市ヶ谷シェルターを治めている、
高い身長に、長髪の男、日下章人の声だった。


『桐島君、すまないな、起こしてしまったか?』

「いえ……大丈夫です、どうしたんですか?」

『……っ……それなんだがな……』

「日下博士?」

『いや……とにかく、早坂君の培養室まで来てくれ! すぐにだっ。』

――――プツンッ。

「え、そんな……達也に何かあったの……ッ?」


その日下の声は、何やら冷静ではないようだった。

普段は優秀であるが冷酷な雰囲気を持つ、非常に冷静な男なのだ。

その日下に対し、女性……日下の助手を勤める『桐島英美』は、
最初は訳がわからなかったが、早坂という言葉に過剰に反応した。

自分がここで働いているのは、『早坂達也』の為だと言っても過言ではないのだから。

英美はすぐさま着替えを終わらせてしまうと、個室を飛び出していった。






偽典・女神転生Another

 








=市ヶ谷シェルター・培養室=


ブク、ブクブクブク……

ウィィィィン……ゴポゴポゴポッ……


管理者である日下は死を生に作り替えるということを研究課題にしているだけあり、
培養室には数多くの『外傷は無いが魂を持たない死体』が保管されていた。

各カプセル、常に酸素が注入されており、24時間ボコボコと音を絶やしてはいない。

そんな中のひとつの培養カプセルを、日下は難しい顔をしながら腕を組み、見上げていた。

先日までは確かにあった死体が、今となっては考えられない状況となってしまったからだ。


「(一体、なぜ……)」

「……日下博士ッ!!」 ガシュゥゥーーッ!!


……と、日下が一人佇む中、自動ドアが開かれ、英美が姿を現した。

明らかに急いで来たようで、息を切らしている。

一方、日下は表情を変えず、あくまで冷静に応答をする。


「来たか。」

「博士……達也は……?」

「……ここだ。」

「――――ッ!?」


英美が日下の横まで来ると、日下は静かに培養カプセルを指さした。

対して、英美が顔を上げると、表情が凍りつく。

早坂の死体があった場所に、今は何も固体が無かったからだ。

変化がある事は、少々培養液が濃くなっているだけであった。

英美は思わず言葉を失ったが、日下はそのまま口を開く。


「何時もの様に確認してみたのだが……影も形も無くなっているのだ。」

「…………」

「培養液の状態からすると、溶けて水分に吸収されたか……体が崩れて風化し、変色したか……」

「そ、そんなっ……どうし、て……」

「抜かりは無かった、管理は完全だった筈だ、原因は……まだわからん。」

――――がばっ!!

「……どうしてなんですかっ? 達也の体を動かしてくれるって、約束したじゃないですかっ!!」

「すまない……」

「…………ッ。」

「だが、両腕から始まった橘由宇香の体の一部のように、
絶えず脈を打ち続け、生命の鼓動を感じさせる肉体もあれば、
何らかの影響で肉体が失われることも在ると言う訳か……」

「うっ、うぅ……ぐすっ……達也……」

「橘由宇香の細胞の研究もまだまだ進んでいない……我々には、まだ判らない事だらけだ……」


日下が続けた事実は、まさに定説であったが、英美にとっては耐えられない現実だった。

突如英美は日下の胸倉を掴んで激しく問い詰めたが、
日下は医者として早坂の肉体を維持させようとしていたことは、助手である英美が一番知っており、
素直に謝罪する日下に対し、英美の性格からか、これ以上責めることが出来なかった。

英美は、体をその場で崩すと、地面を涙で濡らすのだった。

そのままブクブクと培養音だけが響き渡る培養室。

日下は、英美をそのまま、ただ一つ何も入っていない培養槽を見上げているだけだった。




……………………




…………




桐島英美。

彼女のここ『市ヶ谷シェルター』に来るまでの数ヶ月は、まさに地獄のような日々だった。

それまでは、初台シェルターのデビルバスターとして、
悪魔と戦い一進一退であれど、仲間と供に有意義な生活を送っていたのだが、
初台に侵入してきたバールの部下、ムールムールにより、初台シェルターは壊滅。

友人であった橘由宇香も目の前で八つ裂きにされ、あの光景は今でも目に焼きついている。

英美自身は初台シェルターを何とか脱出したが、
由宇香の恋人『葛城史人』も彼女を追うように英美達の元を去り、
生き残ったのはデビルバスター第二部隊隊長である『西野義男』と英美の恋人『早坂達也』だけであった。

その西野も、家族と尊敬する葛城隊長の息子である史人を失ったことにより、
全てを背負い込み、英美と早坂の元を去って行ってしまい、それが最後の西野の後姿だった。


……別れに次いで別れ……そして決別。

悲しみに明け暮れて途方に暮れた二人だったが、
そこにペンタグランマと呼ばれる悪魔に対抗する民兵組織(レジスタンス)の一員である、
園田と上河に出会い、レジスタンスの一員となった。

すると、同様に史人もコンパニオンアニマル・ニュートンと供に姿を現し、
三人はその再会を大いに喜んだ。

しかし、その先に待っていたのは『新宿労働キャンプ』での死闘……

『東京都庁』でのバエルとの激戦……上河の死亡。

いつ命が失われても可笑しくはない戦いだったが、英美たちは生き残って都庁を解放した。

全て失った……両親が住む原宿シェルターも壊滅し、残ったモノは何も無かった。

しかし、達也と史人は側におり、レジスタンスという掛け替えの無い仲間ができていた。

東京の中心部である、都庁を中心に……また、新たな悪魔との戦いが始まると思っていた。

それが、英美達にとってできる、ただ一つの事だと思っていた。


――――しかし!!


「た、達也……達也ぁ!!」


数日もしないうちに、都庁は大規模な悪魔達の襲撃を受けた。

一旦は退けたものの、史人と園田は行方不明になり、やがて達也も姿を消す。


「葛城君……葛城君ッ、何処!?」


度重なる襲撃……

次々と悪魔に殺されてゆくレジスタンス達……


「園田さん! 渡邊さん! みんな……何処にいるの!?」


優秀だったはずの渡邊の作戦も、何故か冴えず、犠牲者が増すばかり。

折角これからだったのに……やっと悲しみから立ち直れると思ったのに……

英美はそんな事を思い続けながら、闇雲に逃げ……戦い、
幾数もの悪魔や人間の屍を踏み越え、北へと向かっていった。

今度は側には達也も、史人も、ニュートンさえもいない……一人だけだった。

英美は今まで一人で戦ったことは無く、やがて力尽きて倒れてしまった時には、
池袋のシャンシャンシティの牢獄に捕らえられてしまっていた。




「ひぃぃぃぃぃ……!」

「ギャァァァァッ……」

「イヤァァァァ……ッ!」


……既に小汚い小さな牢獄に、多数の全裸にされた女性達が入れられていた。

英美もその中に蹴り込まれ、断末魔と供に何日かをその中で過ごす羽目になった。

知っている女性に話を聞くと、どうやら支配者である『アバドン』が人間を拷問し、
次々と鬼畜な方法で責め殺しているとの事だった。

その恐怖から、女性達は死と痛みの恐怖に怯え、見るに耐えないものだった。

だが、英美はこのような状況だからこそ、自分がしっかりしなくてはと感じ、
かろうじて自我を保つことが出来ていた。


――――ガチィン……

「お嬢さん方……アバドン様のお呼びがかかったぞ。」

「ククク、誰でも良いから来て貰おうかッ。」


隣の牢獄の人間が居なくなったのだろうか、
遂にこちらの牢獄が開き、二人のバエル信者・クラレが入ってきた。

クラレとは、バエル信者の中でもエリートの部類に入るクラスだ。

もし、連れて行かれれば間違いなく殺される……そう思った女性達は、
悲愴(悲しく痛ましいの意)な声を上げながら、壁際に逃げるように張り付く。

しかし……一人だけに退かず、クラレたちを生気の宿った目で見据えていた。


「……ん?」

「なんだ、お前が行きたいと言うのか?」

「……えぇ、そうよ。(ほかの娘達が行く位なら……)」


それは、英美であり、その瞳にクラレは正直驚いた表情をしていた。

まさかこんな状況下、こんな娘がいるとは……誰もが考えることだろう。

だが、二人のクラレはすぐに口元をニヤつかせると、ぼそぼそと話す。


「おい、この女……楽しめそうじゃないか?」

「ククク、そうかもな……」

「さぁ、早く連れて行きなさいよッ。」

「……いや、やっぱりヤメだ。」

「そうだなぁ、お前で良いや、来てもらうぜッ。」

「えっ! そ、そんな……! どうして私なのッ!?」


すると、クラレは英美ではなく、適当に目に入った女性を選んで牢屋の外に連れ出した。

英美はその行動に一瞬呆気に取られてしまったが、
いつの間にかクラレが彼女の後ろに回りこんでいた。


「……どうし、てっ?」

「残念だが、アンタは別の件で役に立ってもらうぜッ。」

――――ガスッ!!

「あうッ!?」 ≪ドサッ!!≫

「……しょっと……それじゃ、残ったおじょーさん方は仲良くやんな。」

――――ガチャンッ!!

「あ、あぁ……二人減っちゃった……」

「あの娘が余計なことしなきゃ、一人で済んだのに……」

「私、死にたくないよぉ……」


クラレは、英美の首に当身を食らわせると、
彼女を気絶させてしまい、担ぐと、牢屋を出て行った。

それに対し、残った女性達は、英美に対する貶(けな)し。

勇気ある行動であったが、彼女の行動は、自分たちの寿命が多少縮んだだけに過ぎなかった。




……………………




…………




それから一週間あまり、英美は別の部屋に連れて行かれていた。

当然、待遇を得たはずも無く、得たものは更なる絶望と恐怖。


ギッ、ギッ、ギシッ……!!

「アッ……あがっ……嫌ッ……アァッ!!」

「クゥ〜、こいつ締まるわ、たまんねぇぜ。」

「オラオラ、もっと腰、動かせよ! まだ始まったばっかりなんだろ!?」

「……っ、ヤベ、もう出るッ……」≪ドクンッ!≫

「……ッ!? 嫌ッ……な、か……ア……あァッ……」


英美の行動はクラレの目に留まり、彼女は複数のバール信者達の慰み者にされていた。

理由は簡単……はじめに生気があるほど『壊れてしまう』のが伸びるからだ。

英美は、寝るとき以外は休む暇なく、二人の男に交代交代で犯され続けた。


「……ったく、一発で交代しなきゃなんねぇのがなぁ。」

「そんな事より次は俺だぜッ、まずは御口で……」

「――うぐっ!? う、うぅ……むぅぅ……ッ!」


よって、今となっては前のような抵抗心は全くと言っても良いほど失せていた。

その表情は、涙と性に対する恐怖で全て染まっていた。

いくら英美が元気でパワーある女性だとしても、
数多くの死線の末、辿り着いたところが天敵であるバエル信者の陵辱では、
辛い所ではない現実なのは明白だった。


「……やっぱ結構長持ちしたなぁ、あの女。」

「でも、そろそろ終いにすっか? アイツが居た牢の女は全部アバドン様が殺っちまったし。」

「それに、もう『壊れ』はじめてるしな……アバドン様はその位のが御好きだから、丁度良いさ。」

「だな……今日のが終わったら、明日にでも献上させて頂こう。」


勿論、そんな英美の内心などはどうでも良い信者達は、また新しい生贄を探す為に、
人間達を殺し、さらい、陵辱してゆく事になるだろう。

……まさに、弱肉強食の世界……

英美は、その『弱』の最後を遂げる、寸前の窮地に立たされていた。

バエル信者達の陵辱が終わると、英美は両手首を背中で縛られ、
以前入れられていた牢屋にそのままの格好で転がされていた。

今となっては独房になっており、地面の冷たい感覚が、
陵辱により失神していた英美を少しだけ現実に引き戻した。


「(……私……もう、死んじゃうの、かな……
でも……みんな、居ないし……達也や葛城君も……もう……)」


……沈黙は、何も答えない。

返ってくるのは、悲鳴と断末魔だけである。


「(……それに、汚されちゃったし……もう、生きていたく、ないよ……
 頑張った……あんなに……頑張った、けど……もう……)」


その思いを最後に、英美は再び意識を失った。

だが……この後、思いもしなかった事が起こった。




……………………




…………




降天使アバドン。

大部屋にて小休止しているのか、彼は大きな玉座に腰を下ろしていた。

彼はシャンシャンシティのプリズンを治める大悪魔である。

姿は巨体で、鰐のような顔に全身緑の鱗で覆われ、翼があり、
その上には頑丈そうな鎧が装着されている。

名は破壊・滅亡・死を意味し、名の通り多くの人間を手に持つ断頭剣で殺戮しており、
現在はプリズンにて、拷問で悶え死んでゆく人間を見ながら血の快感に浸っていた。

あたり一面血の海……そんな見るに耐え難い光景の大部屋に、
二人のバエル信者が一人の女性……桐島英美の体を運んできた。

アバドンはどことなく緊張している信者を腰を下ろしたまま見据えると、恐ろしく低い声で言った。


『……何用だ?』

「ハッ……本日の生贄を連れて参りましたッ。」

『ふむ、そこに吊るしておけ……』

「ハッ。」≪ブチッ……≫


対し、バエル信者は英美の手首の縄をナイフで切ると、
部屋に無造作に吊るされているロープを英美の両脇にかけ、宙吊りにさせた。

そして、一礼して去ってゆくバエル信者達。

アバドンは、その間微動すらしなかったが、数分後、重い腰上げた。

薄目を開きながらも、生気の無い英美の表情を見て、口元を歪める。


『ほう……これは、なかなかの上玉のようだ……
ここ最近の人間どもは、楽しめはしたが旨みが無かったからな。
腹を満たすには丁度良い物よの。』


アバドンは、当然人間をも喰らう。

だが、ただの人間を喰らうだけでは満たされず、
英美のような何か特別な力を秘める人間が好物であった。

勿論、今まで喰らった人間達の中で最も極上品だったのが、
以前初台シェルターで喰らった橘由宇香の左腕だ。


「(……アバ、ドン……? 何、そ……れ……)」

『ククク……』


一方、英美は、朦朧とする意識の中で、目の前にアバドンらしき姿を確認する。

しかし、彼女は恐怖も何も感じず、無気力状態となっていた。

そんな彼女に、アバドンは近づき、口から長い舌を出し、英美の体に這わせようとした。


――――その時!!


ガキィンッ!! ……ザシュッ!!

ドンッ!! ドンッドォンッ!!


「ぐわぁぁぁぁ……っ!!」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

『ッ!? 何事だ……!!』


……ザザザッ!!


廊下の方向から、何やら剣撃や銃撃の音が響き渡り、その音は段々と近づいてきた。

すると、アバドンの拷問部屋に、見覚えのある人間が姿を現した!!

なんと、その人間は、先日爆心地の闘技場でアドニスを破った、葛城史人だったのだ!!

これでアバドンは初台シェルター、爆心地コロシアム、そしてシャンシャンシティと、
史人の姿を見るのは三度目という事になった。

そして、遅れて入ってくる女性……名は飛鳥泪と言うが、始めて見る女だった。

コロシアムでラマシュトウが葛城と言う男には二人の仲間が居ると言っていたが、
その一人なのだろうが、今はさほど興味を示さなかった。

……部屋に入ってきた史人は、拷問部屋の凄惨さと血の匂いに顔を歪めてはいたが、
ある人物を確認すると、目を見開き、大声で叫んだ。


「……ッ!? 桐島? 桐島じゃないかッ!!」

「えっ……史人、知っているの?」

「あ、あぁ……話してたろ? 初台の仲間だよ。」

「…………」

『ほう、貴様が葛城史人か……良く、ここまで辿り着けたものだ。
初台やコロシアム、我が迷宮を切り抜けてきただけあって、良い面構えになったものではないか。』

「アバドンッ……」


だが、すぐさま英美に近付く事は出来ない。

彼女の目の前に、降天使アバドンが立ち塞がっているからだ。

史人は、思わず剣を握る両手に力を込める。

アバドンは、恋人であった由宇香を喰らった憎むべき悪魔の一人。

自分が今まで戦ってこれたのも、由宇香、そして死んでいった仲間の無念を晴らす為。

そんな歯を食いしばっている史人の横顔を見て、
泪は複雑そうな表情をしながらガチャリとデザートイーグルを構えた。

一方、アバドンは楽しそうな、愉快そうな薄笑いを浮かべている。

もはやここ一帯には自分に逆らう者もおらず、
人間で『暇つぶし』をしていたものの、面白みがなかったからだ。

アバドンは断頭剣を片手、地面に転がっている死体を踏み潰しながら、
ゆっくり史人との距離を詰めていった。


ムウウゥゥ……

ジャキッ……


そして互いの距離が3メートルほどまでに縮まると、
ほんの数秒間だが、途轍(とてつ)も無く長く感じる沈黙。

が、その沈黙は、天井から滴った一粒の血が落ちると音と同時に破られた!!

カッと目を見開き、断頭剣を振り下ろしてくるアバドンに対し、
半歩踏み込んでアバドンの達を迎え撃つ史人!!


ブオォンッ!! シュバッ!!

――――バキィィィィン……ッ!!!!


『驚いたぞ小僧!! 我が剣をまともに受けれる人間は、そうはおらんぞ!!』

「……くっ!!」≪バッ!!≫


アバドンの剣撃は、史人を吹き飛ばすことは出来なかったが、
今の一撃で死んでもらっては面白みは無く、本当に愉快そうだ。

しかし、相当な怪力で史人の表情は歪み、アバドンとの距離を取って叫ぶ。


「飛鳥!」

「やぁ!!」 ドンッ! ズドォンッ!!

『フンッ!』 ガガン……ッ!!


それと同時に、泪はデザートイーグルを発砲し、アバドンを襲う!

だが、銃撃は断頭剣によって打ち落とされ、アバドンの視線は泪を向く!

直後、アバドンは口を大きく開き、炎の塊を発射した!!


『小娘が……死ぬが良いッ!!』 グボァ……ッ!!

「……っ!?」

「ぬおぉッ!!」

カッ!! ――――ドゴオオォォンッ!!


その炎の塊に、泪は直撃しそうになり、体を引くだけだったが、
咄嗟に飛び出した史人が、手に持つ『氷狼剣』をフルスイングさせ、
炎の塊を打ち返すと、炎はアバドンの後方にある壁に直撃し、ガラガラと瓦礫を崩した。

まさかこんな弾かれ方をするとは思わなかったアバドンは一瞬動きが止まり、
泪も崩れ落ちる瓦礫に目を奪われていたが、すぐさま史人が呼びかける。


「飛鳥、魔法だ!」

「……わかったわ。」

「今度はこっちの番だッ!」

『ぬぅぅッ!?』


ガキィィィィンッ!!

ガキッ!! ガンガンッ!! バキィンッ!!


直後、史人はアバドンに飛び掛かり、氷狼剣の一撃を次々と叩き込む!!

アバドンはその勢いに防戦一方であり、少しづつ後退してゆく。


『(し、信じられん! これが人間の打ち込みなのか……!?)』

「うおおおぉぉぉ……ッ!!」


史人が人間であれど、強い力を持っているのは確かだが、
何よりも、今の史人は、悪に対する『怒り』というものがあり、
モチベーションと気合に関しては、アバドンを遥かに超越していた。

優秀な武器、氷狼剣の力もあってか、史人の力は十分に発揮されているようであり、
アバドンはあせりを感じるが、持ち前のパワーで反撃に移ろうとする!!


『チィィッ! 調子に乗るなよッ!!』

「うわっ!!」≪ブォォンッ!!≫


僅かな隙を狙って史人の腹部を斬り払おうとしたアバドン。

対し、史人は寸前で回避し、再び後退して距離を取り、着地した。

それにより、アバドンは僅かだが気を緩めた。 だが!


「何処を見てるのっ?」

『なっ……!?』

「ジオンガ……ッ!!」

カッ!! バリバリバリバリ……ッ!!

『ぐ、グおおォぉォ……ッ!!?』


いつの間にか、泪がアバドンの後方に回り込んでおり、
その両手には、雷の魔力が溢れんばかりに込められていた!!

アバドンは、避ける暇なく電撃魔法の直撃を喰らった!!

その硬直を見逃さず、史人は低く踏み込んで、アバドンに氷狼剣の一撃を喰らわせる!!


「……くたばれッ!! 飛燕の剣ッ!!」


――――ドシュウゥゥ……ッ!!


『グガハァァ……ッ!!』 ≪ズウウゥゥゥン……!!≫


居合い斬りようなすばやい踏み込みにより、
瞬時に距離を詰めた史人の一撃は、アバドンの右脇腹を半分以上も切り裂き、
大量のドス黒い血を噴出させながら、どうと倒れさせてしまった。

今この瞬間こそが、シャンシャンシティの大悪魔・アバドンの最後だった。


「ハァ、はァッ……や、やったぞ……」

『……っ……こ、こんな馬鹿な……だが、見事……
どうやら……貴様達の……勝ちの……ようだ、な……』

「…………」

『……っ!? お、お前、は……』≪ドロォォッ……≫


倒れたアバドンは、みるみるうちに体が解けようとしていた。

しかし、その表情はどこかしら悔いが無い様で、彼は薄笑いを浮かべていた。

その様を、史人は息を切らしながら……泪は無表情で見下ろしていたが、
偶然アバドンは自分を見下ろす泪と目が合うと、何やら察したようだった。

だが、次の言葉を告げることなく、早くもアバドンの頭は溶け切ってしまった。


「飛鳥、こいつ、君の事を知っているみたいだったけど……?」

「……私は、知らないわ……」

「そう……って、なっ、なんだこれはっ!?」

「……っ。」




一方、吊るされているままの英美。

たった今、史人・泪とアバドンとの激戦が繰り広げられていたが、
その事も彼女の頭には入らず、微動すらしていなかった。

戦いの後何やら、史人と泪はアバドンの死骸跡から『何か』を発見し、
直後、何故か口論をはじめてしまっていたが、
当然英美には聞こえてはおらず、瞳は虚ろなままだった。


「……とにかく、私はそんなことは手伝えない! 冗談じゃないわ!」

「なっ、何でそんな我侭を言うんだよ!? 大体園田さんが死んだのも……」

「……っ!? も、もう良いわッ、史人の馬鹿……ッ!!」≪ダダッ!!≫

「おっ、オイ、飛鳥!!」


視点は戻り、今二人の口論が終わったところだなのだが、
その展開はよからぬ方向に進んだようで、泪は大広間を飛び出して行ってしまった。

魔王バールゼフォン治める、代々木労働キャンプで始めて知り合い、
人間ながらも悪魔襲われない境遇にあったものの、
自らキャンプを史人と園田と供に抜け出し、半ば無理矢理二人の旅に付いて来た。

しかし、『由宇香の左腕』を入手した直後、
踵を返すように興奮し、史人の元を去って行ってしまったのだ。

よって、残されたのは史人と由宇香の左腕……そして吊るされている英美。

史人は、飛鳥の後を追おうとしたが、すぐさまハッなり、視線を後ろ……英美の方へと移した。

そのまま、史人は出口と英美と、視線を3往復ほどさせたが、考えた挙句、答えを出した。


「〜〜〜〜……っ……えぇい、ほっとけるかッ!」


由宇香の左腕を片手に、史人は英美の方へと駆け寄り、慎重に彼女の体を降ろした。

英美は薄目を開けており、呼吸も感じられるので、生きてはいるようだが、
生気は全く感じられず、虚ろのままだった。

史人にとっては、その有様は普段の彼女を考えると考えられない事であり、
英美と生きて再会できたものの、複雑な心境だった。


「きり、しま……」


大声で彼女を目を覚まさせてやりたい心境であったが、
史人は、あまりの英美の変わりように、言葉を失っていた。

どちらにしろ、英美の意識を取り戻さねばならない。

史人は、自分のジャケット・DBブルゾンを英美に羽織らせると、肩を貸し、
相変わらず鼻を襲う、異臭がする、大部屋を後にするのだった。








「ラファエラ、暫くの間、外を見ておいてくれ。」

『はい、心得ました。』

ガチャッ……


史人と泪の活躍により、シャンシャンシティは事実上壊滅状態になっていた。

捕まっていた囚人は殆どが救出され、
噂を聴きつけてシャンシャンシティを訪れた人間達により、
早くも池袋は悪魔から解放され、活気を出そうとしているところだった。

だが、英美は一夜明けても目を覚まさず、
人気の無くなった牢獄の詰め所で、史人は英美の回復を待っていた。

マイシティーの医者に駆け込んでも良かったのだが、
英美の格好や、表情から、人目につくような場所に出るのは避けておくことにした。

よって、周辺の様子見を配下による悪魔に任せ、史人は英美の状態を気遣っていた。

だが、下手に手は出さず、史人は英美の装備を探すなどして、時間を潰していた。


「う、んっ……」

「……桐島!?」


……と、そんな中、英美がはじめて覚醒を思わせる息遣いをし、
史人は慌てて英美が寝ているベットの上へと駆けた。

そして、英美の顔を覗き込んで声をかけた。


「……あっ……」

「おい、桐島! 目が覚めたのか!? 俺が誰だかわかるかッ?」

「か、かつらぎ……君……?」

「あ、あァ、俺だよ! アバドンは倒した……もう心配は要らないよ。」

「そんな……嘘、本物なの……?」

「本物さ。」


英美は、毎日続いた陵辱が終わった事により、
僅かながらも自我を取り戻し、僅かに生気を宿した瞳を史人に向けたのだ。

すると、目の前に映っているのは、正真正銘の葛城史人。

それにより、英美の瞳がどんどん見開かれてゆき、涙が溜まり始めていた。


「かっ、葛城君……ッ!!」≪がばっ!!≫

「……っとぉ。」

「ぐすっ……良かった、生きてたんだねッ……
私、もう……何度もダメかと思ってて……うぅっ……!」

「桐島……無事でよかったよ。」

「ヒック、ぐすっ……う、うぅぅ……」


直後、体を起こし、史人に抱きつく英美。

生を諦めた状況下から、史人に再び再会できたことが、本当にうれしかったのだろう。

英美は、そのまま数十分、子供のように史人の胸で泣き続けていた。


……そして、数時間が過ぎると、英美は都庁の襲撃から起きたことを、
史人に話し、史人はその話をただ黙って頷きながら聞いていた。

流石にバエル信者たちに犯されたことは言わなかったが、
史人はそれを少なからず察していたものの、あえて何も言わなかった。

対する史人も、アドニスに捕らえられ、代々木に連れて行かれたが、
バールゼフォンを打ち倒し、キャンプを園田と脱出したことからはじまり……

飛鳥との出会い、原宿の解放、山田兄妹との出会い……

コロシアムでの戦い……園田との死別……すべて英美に話していた。

悲しい出来事も何度もあったが、英美にとって史人の旅の内容は興味深いものであり、
自分と比べれば数多くの悪魔を撃破していることから、
話を進める度、段々と英美に持ち前の明るさが戻ってきていた。

これが、英美の流石といえる性格のひとつである。

そんな中、史人が全てを話し終えると、着替えを既に終えている英美は、
史人と一緒にアバドンを倒したという飛鳥泪という人間に興味がわいた。


「……確かに、葛城君、すっごく逞しくなったね。」

「はは、そうかい?」

「それにしても、大丈夫なのかな? 飛鳥さんって言う人は……?」

「あぁ、確かに心配だな……けど、池袋の悪魔はもう殆ど逃げ出したみたいだし、
飛鳥はどうしてか悪魔に狙われ難かったんだ、中には飛鳥を見ただけで逃げ出す悪魔も居たんだよ。」

「へぇ……」

「きっと大丈夫さ、それよりも……」


英美は史人の言った事がいまいち信じられなかったが、
実際泪と行動した史人は、泪という存在が不思議でたまらなかった。

何か、前から自分のことを知っていたような……しかし、
史人は机の上で脈を打っている、由宇香の左腕に視線を移した。


「うん、由宇香の……」

「左腕さ……ムールムール達に殺された由宇香の体の一部が『生きて』いるんだ。」

「そうだよね、もしかしたら、由宇香を生き返らせれるかも知れないんじゃ……?」

「あぁ、その為にはまずどうすれば良い……かッ?」

「か、葛城君、どうしたのっ?」

「……ゆ……うか……?」


あんな死に方をした由宇香が生き返るなど夢のような話だったが、
先日手に入れた由宇香の左腕は、正真正銘『生きて』いた。

よって、その左腕をどうしようか考え始めた矢先、立っていた史人は額に手を当てて方膝を付いた。

そんな彼に、ベットに腰掛けていた英美は、慌てて近付いて気遣う。

すると、史人は『由宇香』と一言だけ嘆くと、再び立ち上がった。


「……葛城君?」

「市ヶ谷シェルター……」

「えっ?」

「良くわからないけど、市ヶ谷シェルターに行こう……
 由宇香の左腕は……アバドンの体の中でエネルギーを得ていたから無事だったんだ、
 このままじゃ、干からびて、また死んでしまうかもしれない……」

「そう言えば、市ヶ谷シェルターはサイバネティック医療が進んでいる施設……
 そこに行けば、由宇香の体を保管してもらえるかもしれないね、でも……」

「……?」

「市ヶ谷シェルターはそう簡単には部外者を中に入れてくれない筈だよ、
 何か、紹介とかをして貰わないと……」

「そうか、まぁ、悩んでいても仕方ない、とりあえずマイシテーに向かおう。
そこで何か情報が得られるかもしれない。」

「そうだね、葛城君、トーゼン私も一緒に行くから!」

「はは、大歓迎さ。」

「助けてもらって……本当にうれしかったんだよ?
達也も、きっと生きてるよね……?」

「うん、達也は殺したって死ぬような奴じゃないさッ、絶対生きてるって!」


代々木労働キャンプを抜け出し、園田・飛鳥と命懸けで都庁に戻ったものの、
あやうく無実の罪で殺されそうになり、新宿爆心地でアドニスとの戦いを終えた後は、
史人はアテもなく、マイシテーで『池袋にアバドン治めるプリズンがある』という情報を得て、
由宇香のカタキを取れればと、池袋に向かったのだ。

その結果、偶然だが英美を救出し、由宇香の左腕を取り戻し、
生きることの『希望』というものが見え隠れし始めていた。

よって、史人と英美は、由宇香を復活させ、達也や西野と再開することを目的に、
池袋を旅立ってゆくのであった……




……………………




…………




「ッ!! 葛城君、良かった、無事だったのか!」

「カズミッ!? 君がどうしてここにッ?」


数日後、史人と英美は、マイシテーで、
『市ヶ谷シェルターの日下章人は、戸山シェルターの平沢博士の弟子だ。』
『平沢博士はサイバネティック医療の権威だ。』という情報を仕入れ、
市ヶ谷シェルターで由宇香の腕を保存するといっても、その方法を二人はよく知らないので、
まずは平沢博士を訪ねるために、二人は戸山シェルターへと向かった。

市ヶ谷シェルター同様、戸山シェルターは元軍用施設であり、
無事である数少ないシェルターな為か、デモノイドや妖樹に阻まれ、
辿り着くまでが一苦労であったが、二人は何とか戸山シェルター最下層に到着した。

すると、おかしなトランプの兵隊や二足で立つウサギの出迎えをはじめ、
二人の前に現れたのは、以前小田急ハルクで出会った、山田カズミの姿だったのだ。

カズミは、史人の登場に驚きを隠せなかったが、すぐ嬉しそうな表情に変わると、
近付き、まるで親友のように握手を交わしながら話し始めた。


「メイの発作がやっぱり心配でたまらなくてね……君と別れた後は、
良い医者がいないかと、俺の『体の件』も心配無くなったし、情報を探し続けてたんだ……
そうしたら、平沢先生の噂を聞いてね、藁をも掴む思いで此処を尋ねてみたんだ。」

「そうだったのか。」

「ところで、園田さんや飛鳥さんの姿が無いけど、どうしたんだい?」

「園田さんはもう……飛鳥は生きていると思うけど、今ここには……」

「そ、そうか……悪いことを聞いてしまったみたいだね……
とにかく、中に案内するよ、平沢先生は中にいらっしゃるよ。」

「だってさ、桐島。」

「……(か、かわいい〜……)」

「……桐島?」

「はは、無理もないね、平沢先生が作られたデモノイドは、メイもすごく気に入ってたからね。」


山田カズミ……彼は、昔瀕死のワーウルフに取り憑かれ、満月の夜には必ず人間を襲うようになってしまった。

しかし、史人達のお陰で遂にワーウルフの精神に打ち勝ち、
今は自分の『能力』として使えるにまでなっていた。

よって、妹の山田メイの肺の病気を治療せんがため、戸山シェルターの世話になっているのだという。

会話の中、英美はシェルターのまわりをウロチョロしているデモノイドの『トランプ兵』や、
タキシードを着た『三月ウサギ』に目を奪われていたが、
我に返ると、苦笑してカズミとシェルターに入ってゆく史人の後を追っていった。




「しかし驚いたのぉ、こんなに多くの客が来るとは思わなんだ。」

「えへへっ、大勢だと楽しいね!」


数分後、目的の人物と対面した史人達は、本題に入る前に初老の男……

平沢博士から、御茶をご馳走になっていた。

彼はとても穏和な人間であり、サイバネティック医療やデモノイドの研究をしている割には、
史人や英美にとって面を食らってしまうほどの人物だった。

部屋の中も明るい雰囲気に包まれており、トランプ兵や三月ウサギなどが、
せっせとお茶を運び込んできており、病気を抱えていたメイも非常に元気そうに微笑んでいた。

それは、悪魔との厳しい戦いを送ってきた二人にとって、かなりの癒しになっていた。


「そうだね、それにしても……メイちゃん、元気そうじゃないか?」

「あぁ、平沢先生のお陰で、メイの病気もだいぶ良くなったんだ。」

「ハッハッハッ、その分、カズミ君にはいろいろと手伝って貰わなくてはな。」

「わたしもいっぱい御手伝いするよ!」

「ところで、平沢先生……」


そんな中、2、3時間経過すると、史人は由宇香の件について話を持ち出した。

下ろされていたリュックから由宇香の腕を取り出そうとするが、
その左腕が、リュックから僅かにこぼれた瞬間、平沢は片手を前に出して制止した。

それを、メイが見ていなかったのは幸いであった。


「おっと、お嬢ちゃんの目もある事だ、その話は、明日ゆっくりと聞こう。
焦る気持ちも判らない事ではないがな。」

「……っと、わかりました。(そうだ……こんな女の子がいる前で、俺は何をしようとしてたんだ。)」

「カズミ君、御二人を部屋に案内して差し上げてくれ。」

「はいっ。」


由宇香の腕の件について急ぎたい気持ちは強いが、
思ったより戸山シェルターに辿り着くまでに手間が掛かってしまい、
数時間話した今では、結構な時間となってしまっていた。

日を改めることが無難であり、由宇香の腕の生気が薄れ始めていることを気遣いつつも、
ふたりはカズミにシェルターの奥へと案内されていった。




戸山シェルターは、大部分が侵入者を阻むデモノイドのダンジョンとなっており、
人が住めるエリアは最下層の一部だけであった。

だが、平沢・カズミ・メイ・史人・英美・デモノイド達が生活するには十分な広さがあり、
10畳ほどの広い寝室に、史人と英美は案内されていた。

作りはホテルのように、トイレ・何故か浴室も完備されていた。

カズミは「この部屋を自由に使ってください。」とだけ告げると、そそくさと部屋を後にしてしまった。
(後から判ったことだが、カズミは史人と英美が恋人同士だと思い込んでいたらしい。)

それにちょっと違和感を感じた二人だったが、荷物や装備をドサドサと降ろすと、一日を振り返る。


「今日は結構疲れたね、長い距離を歩いたから。」

「うん、でも、お友達と逢えて良かったね、葛城君。」

「あァ、本当に……平沢って先生も、難しい人じゃ無さそうで良かったよ、とりあえず……今日は休もう。」

「うん。」


此処最近、英美の気持ちは充実していた。

仲間と供に悪魔と戦い、目的地に辿り着き、新たな人物との出会い。

別れと決別を繰り返してきた英美にとって、あの頃は出来るはずも無いと思っていた事の連続だった。

逆に、史人は相当に疲れが溜まっていたようで、英美が入浴を終えて出て着た頃には、
彼は二つあるうちの片方のベットに、シャツとトランクス姿で既に寝てしまっていた。

その姿に英美は苦笑し、毛布を史人に掛けてあげると、彼女もベットに横になり、寝息を立てだした。




……しかし、その夜、性的欲求が英美を襲った。

無意識に思い出したのだ……あのシャンシャンシティでの、陵辱の日々の出来事を。

必死に忘れようと考え、自分の胸に閉まっておこうと思った筈だったのに……


「うぅっ、うっ……アッ……ハァッ……」


英美は知らなかったが、彼女はバエル信者達に、強力な秘薬を盛られていた。

一週間の間、慰み者にされている時は、何時でも男の肉棒を受け入れられるように。

今はその主な効力は癒えた……はずなのだが、後遺症として残り、
数日に何度か性的欲求が抑えられない体へと変わってしまった。

……その一回目が、本日の夜だったのだ。


「はぁっ、はぁっ……ハッ……はぁっ!」≪ガバッ!!≫


英美は目を覚ましたが、酷く興奮しており、彼女の秘部は、かなりの愛液を流していた。

その興奮のためか、英美は上半身を起こすと、獣のような瞳でゆっくりと視線を横に移し、
微かな鼾(いびき)をかいて寝ている史人の側へと近寄っていった。

そして、寝相により半分はだかれた毛布を全てどけてしまうと、英美は史人の股間に手を伸ばした。




「(うっ……なんだ? こ、股間が気持ち良いぞぉ……)」

「うっ……うぅっ、むっ……ぴちゃっ……」

「(まるで……フェラ、されてる……みたいな……って!!)」

「うむぅっ……あっ……葛城、くん……」

「き、桐島! な、何してんだよ! 自分が何やってるかわかってるのか!?」

「……っ……」


一方、眠りに落ちていた史人。

彼は、突然妙な快感に襲われ、瞳を薄く開いた。

すると、目の前に、下着姿で自分のイチモツを口に含み、
懸命に口を上下させている英美の姿があった。

それを見た史人は、驚いたどころではない。

確かに英美は魅力的な女性であるが、彼女は早坂達也の恋人。

自分には由宇香という恋人が居たし、まさか彼女から自分を求めてくるとは思うはずも無かった。

自分が知る限り、英美が史人を求める、理由が何も無いからだ。

それにより、史人は英美を引き離して落ち着かせようとしたが、
英美は頬を染めた淫らな表情から、多少自分を取り戻したような表情に戻ると、
息荒く、悲しそうな、悔しそうな……言い難い表情で史人を見つめていた。

その表情が何を意味するかわからない史人は、トランクスを元に戻しながら言うが……


「まさか、夢魔に取り付かれた……とかじゃッ?」

「うぅん、違うの……何だが、すごく体が……ハァッ、疼いて……気が付い、たら……
葛城、君のを……しゃぶっ、ちゃって……た……くっ……
……ごめん、なさい……私……どうかしてた、みたいでっ……」

「まさか……シャンシャンシティで……」

「ちッ、違うの! ほ……本当に、どうかしてた、だけ……
これ以上……言い訳しても、はぁはぁ……意味無いだろうしっ……
勝手だけど……今のことは、忘れてっ……ごめん、ね……」

「桐島……」

「そ……それじゃ、私……寝る、から……」≪ギシッ。≫

「(あ、あんなに濡れているじゃないか! 本当に大丈夫なのか!?)」


英美は、今のことを認め、謝罪すると、ベットに戻ろうとした。

その様子は、明らかに無理しているのが見え見えで、
瞳には今にも涙がこぼれそうになっており、辛うじて自我を保っているようにしか見えなかった。

スポーツブラとパンティだけの格好の英美は、おずおずと自分のベットに戻ろうとしたが、
その後姿を見た史人は、英美の足の付け根が非常に濡れている事に驚いた。

本当に英美はこのまま寝付くことが出来るのか……かといって、
自分が英美と肌を重ねては、達也と由宇香を裏切ることになる。

その為、何も言うことが出来なかった史人だったが、
ベットに足を上げようとした英美が、フラ付いていたためか、突然バランスを崩した!


「あっ……!」

「……っ!」≪がしっ!≫


それにより、史人は飛び起きて倒れそうになった英美を抱き抱えた。

普通なら大げさな救助であるが、今の英美には、体勢を立て直す力も無かったように見えたからだ。

よって、ベットとベットの間で史人は、英美を後ろから抱きながら、尻餅をつく形となった。

史人は、英美の匂いをじかに感じ、目の前にある彼女の朱に染まっている表情から、
彼自身も今までご無沙汰であった性的欲求が浮かび上がってきた。

少なからず、英美の興奮が、自分に移ってきてしまったのかもしれない。


「葛城、君……ありがと……はぁっ、はぁっ……」

「……桐島、あのさ。」

「え……?」

「その……手伝、おうか? 今のままじゃ辛いんだろ?」

「そ、そんなっ……大丈夫だよッ……あッ!?」≪びくんっ!≫

「そんな事言ったって……今はちょっと手を動かしただけだよ?
あくまで桐島の症状が治まるまでなら……問題ないだろ?」

「……っ……」

「わかった、じゃあこうしよう、桐島が『こういう事』になったとき意外は絶対に何もしないッ、
あくまで、発情を抑えるためだけに、桐島を抱く……それ以外何でもない。」

「かつらぎ、くん……」

「そもそも、俺のムスコ、まだ元に戻ってないし、責任取って欲しいな。」

「ん……それじゃ……『こういう時』……だけだよ? 絶対……」

「あぁ、約束するよ……」≪ちゅっ……≫

「ンンッ……」




史人と英美は『一つの事』を条件に、口付けを交わした。

それを合図に、二人の行為が始まり、御互い体を求め合った。

特に、英美はあの件の事もあり、史人の体を強く求めた。

そしてそのまま十数分が過ぎると、史人は英美をベットの上で四つん這いにさせ、
今まさに自分のペニスを英美の秘所に突き入れようとしているところだった。


「……それじゃ、入れるよ?」

「うん、早くきてぇ……」

「(それにしても、いくら濡れてるからって……こんな小さな『穴』に入るのかッ?)」

「早く、早くぅぅぅぅッ……」

「(チィッ、ままよっ……!)」 ≪ずにゅるるっ!≫

「んはああぁぁぁぁ……っ!!」

「(うあっ!? 凄い……吸い込まれるように、全部ッ……)」

「ハァッ、ハァッ……動いて、動いてぇぇッ……」

「クッ……」 ≪ギシッ、ギシッ! ギシッ!!≫


小柄な体の英美の穴は小さく、自分のモノが入るのだろうか疑問だった。

しかし、史人のペニスはすんなりと飲み込まれ、強く締め付けてきた。

それにより、史人はすさまじい快感に背筋が痺れ、
我武者羅に腰を打ちつけ、英美もただひたすら、快楽に身をゆだねた。

そんな中、数分が過ぎると、早くも二人に絶頂が訪れた。


「だ、ダメッ……イッちゃうよぉぉぉぉッ!!」

「ッ……俺、も……!!」≪ずるっ……ドクンッ!!≫

「はぁっ、はぁぁっ……熱い、よ……」

「ふぅ〜〜……(あぁ、良かった……)」


史人は、我慢できなくなると、ペニスを抜き、英美のお尻に精液を吐き出した。

彼にとって久々の快感であり、史人は快楽の余興に浸っていたのだが……


「ねぇ……葛城君っ……もっとぉ……」

「えぇッ!?」

「ま、まだ……ぜんぜん足りないのッ……こ、今度は前から、して……」

「で、でも今出したばっか……」

「お願いッ、もっと……もっとして欲しいの……!」

「(そ、そんなに大胆な……よ、よ〜しッ……)」


英美は今の一発で火が点き、ようやく燃え始めたところだった。

一方、史人のペニスは少々衰えてしまったが、
自分から仰向けになり、足をM字に開く英美をオカズに、
史人は自分でペニスをシゴく事により復活させると、
彼は英美の腿(もも)を掴んで彼女の両足を開き、自分の肉棒を押し込んでいった。

その快感を、英美は嬉しそうに受け止め、彼女は史人の背中に手を回した。




……そして数時間が過ぎ、ようやく英美の発情はおさまった。

しかし、その数時間は、史人にとってかなりの激戦であった。

一回が終わると、まだまだ足りないと次のセックスを急かされ、
また一回が終わると、史人のペニスを咥え、すぐさま臨戦体制に戻し、
三回ほどで満足だった史人は、ヘタな悪魔と戦うよりも疲労が溜まったという事は明らかだった。

現在の史人は、ぜぇぜぇと肩で息をしながら、苦笑して英美を見下ろしていた。

だが、英美の表情は、心地よさそうで、静かな寝息を立てており、
その表情を見ると、史人は素直に『良かった』と感じ、ベットを降りると、浴室へと歩いてゆくのだった。

そんな中、バッグに収められている由宇香の左腕は、ただ規則正しく、脈を打っているのだった。




……翌日。

夜のこともあってか、昼過ぎまで寝ていた史人は、
いまだに眠そうな顔をしながら、先日『御茶会』をした場所に姿を現した。

その広間には、既に先日の面々がおり、まずカズミが声を掛けてきた。


「おはよう、葛城君……といっても、今はもう昼だけどね。」

「だ、だな……おはよう。」

「はっはっはっ、昨日は随分と楽しまれていたようだのぉ。」

「え”ッ!?」

「せ、先生ッ!」

「なぁに、若い者同士、良い事ではないかッ、いまさら照れる事ではないぞ。」

「……(バ、バレてたのか……)」


次に、平沢博士が寄ってきて、彼の言葉に史人は仰天した。

それにより、メイの遊び相手をしていた英美に視線を向けると、
彼女は顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまい、メイがおかしそうな顔をする。

そして、カズミの方を見ると、少々顔を赤くしながら、ゴホゴホとワザとらしく咳をしている。

どうやらカズミは純情で、このことに関しては疎いようである。


「(き、桐島もカズミもワザとらし過ぎるぞ……)」

「ねぇ、お姉ちゃん、あやとお兄ちゃんと何をして遊んだの〜?」

「えッ? そ、それは……」

「メイ! お、お前はそんなことを知らなくて良いんだ! 気にしちゃだめだぞッ!」

「えぇ〜?」

「……と、ところで平沢博士……見て貰いたい物が……」

「おぉ、そうだったな、聞くとしようか。」


……と些細なトラブル(主にメイ)があったが、
史人は誤魔化すように平沢に話を振ると、二人は寝室へと姿を消した。

その様を、英美は複雑そうな表情で見送ったが、
表情を戻すと、平沢に仕事を任せれ、何やら作業をしているカズミを背に、
メイとの御遊びを再び再開するのだった。




……………………




…………




「……くん、葛城君ッ……」

「んっ……何? こんな時間に……」

「あの……また『来ちゃった』みたいなの……だからっ……」

「あぁ、わかったよ……ふぁぁ……」

「ごっ、ごめんねっ、ハァッ……淫乱な、女で……葛城君には、由宇香が……」

「な、何言ってるんだ、それは言わない約束だろ?」


あれから二人は、平沢に市ヶ谷シェルターへの紹介状を書いて貰い、
日下章人のもとを尋ね、『由宇香の肉体の細胞の一部を提供する事』を条件に、
由宇香の肉体を費用無しで保管して貰える事となった。

培養槽が無かったことにより、由宇香の肉体が保管できなかった平沢は残念そうであったが、
史人が由宇香のビジョンによりもらったメッセージは、当たっていたという事になった。

成り行きで遭遇した、由宇香の右腕を食らった悪魔……レラジエも撃破することも出来た。

さておき、史人と英美は、達也と新しい由宇香の肉体を求め、旅を続けるのだが、
やはり英美の発情は終わらず、不定期だが5日前後に必ず起こり、
その度に史人と英美は肌を重ね合った。

しかし、それ以上の関係にはならず、お互い出過ぎた行動に出ることは決して無かった。

すくなくとも、早坂達也の生死が判明するまでは、その関係を崩す訳にはいかなかった。

だが……無意識のうちに、二人の間に、新しい『何か』な感情が生まれ始めていることは確かだった。




……そしてそのまま時は流れ、3週間ほどが経った。

神田での、ルイ・サイファーとの出会い。

御茶ノ水シェルターでの、大天使ファニエルとの出会い、堕天使アイムとの戦い。

悪魔との戦いが毎日のように続いていたが、二人は確実に力をつけていった。

そんな中、銀座を目標に秋葉原へと進んでいった二人だが、偶然ぶつかった片腕の男、
『相馬三四郎』との出会いにより、二人の運命が一旦分かれ道となる事になる。

平沢の頼みで『アリス』を探すために旅をするカズミと再開した事は置いておき、
三四郎は二人の隊長である、西野義男が死んだことを告げた。

その事実が受け入れられなかった史人と英美だったが、
三四郎が持っていた、ホログラムを発するカードは、西野が肌身離さず持っていたものであり、
彼の言葉を信じるしかなかった……

しかし、それでだけでは済まず、サイバーアームを求めて秋葉原にやって来た三四郎の買い物に付き合い、
用が済んだか秋葉原を出発すると、三人は達也のDBの制服をジャングとして売っていた男と遭遇し、
彼から情報を引き出し、ミレニアム総合病院へと向かうこととなった。


……三人はその日のうちにミレニアム総合病院を訪れると、
達也の姿を必死で捜索したが、彼の姿は影も形も無かった。

だが、甲斐あったか無いか、医師から早坂が死んだという情報を聞き出した。

そして、死体回収業者の情報を医師から聞き出すと、
勘を頼りに、三人はターミナルを経由して市ヶ谷シェルターへと逆戻りした。

英美は信じたくなかった、達也が死んだことを信じたくは無かった、自分がこの目で確認するまでは。

史人も達也の死を認めようとは思っていなかったが、
日下に案内された先の培養槽には、間違いなく、早坂の肉体が保管されていたのだった。

英美は培養槽に近寄ると悲愴な叫びをあげ、史人は唖然と浮かぶ達也を見上げた。


「残念だが……彼の魂はもう、この世には存在しない。」

「そ、そんな……ッ!?」

「達也……嘘、だろ……?」

「肉体の傷は癒え、体を蘇生することは可能だが……
 精神は赤子同然に戻り、記憶も全て失われる……それは君達にとって意味がある事ではあるまい。」

「たつ……やッ……」

「クッ……(何、死んでるんだよ! これから俺の代わりを、お前がするんじゃ無かったのかよッ!?)」

「…………」


英美は培養槽のガラスに額を当てて泣きじゃくり、史人は方膝を付き地面を拳で打つ。

それに対し、日下と三四郎は黙っているだけだった。

そして沈黙後……英美は涙を拭うと、日下に向き直って言った。


「……達也の、肉体は……蘇生する事は出来るんですかッ?」

「可能だ。」

「……お願いしますッ! 達也の体を……蘇生させてくださいッ!!」

「桐島ッ!?」

「ッ、正気なのか? 例え肉体を蘇生させたからといって、辛い思いをするだけなのかも知れないのだぞ?」

「そ、そうだよ桐島さん! 辛い思いをするのは貴女だッ!」

「……っ、でも……私……」

「それに、肉体の蘇生には相当な資金が必要となる……とても君に払うことは出来ないだろう。
 悪い事は言わない、気の毒だが諦める事だ……」


なんと、英美は達也が死んでいようと、肉体の蘇生を望んだのだ。

そんな彼女に三四郎は思い直すように言ったが、まだ彼女の決意は緩んでいないようだった。

その中、英美は史人に視線を移したが、史人は黙って彼女から視線を逸らした。


……この時の史人の感情はこうであった。

史人は何度も英美と肌を重ねあい、いくら発情を抑えるだけの『薬』の役目でしかなかったとしても、
無意識のうちに、どこかしら英美に惹かれていたのだった。

数週間の間だけであったが、英美は悪魔との戦いのパートナーでもあり、
正直、彼女が達也の肉体を蘇生させることには反対であった。

だが、三四郎でさえ止めようとしているのに、史人は何も言わなかった……どうしてか?

何故なら、史人には『恋人』であった由宇香の体を蘇生させるという目標があり、
英美が蘇生させようと考えた達也は、正真正銘の英美の恋人だったからだ。

その恋人を蘇生させようと考えている英美を、史人は止めようとすることは出来なかったのだ。

一方、日下も英美の考えを諦めるように言ったが、
彼女は少しの間顔を俯かせたと思うと、再び顔を上げて言った!


「そッ、それなら……私にはシェルターで学んだ最新の医療の知識があります!
 コンピュータの技術にも自信があります! 私を研究員として雇ってくださいッ!!」

「……っ! ……ふ、ふふふッ、それは面白い考えだな……
デミ・ヒューマンの看護婦には出来ないことがまだまだ多くて、多少人手が欲しかったところだ。」

「そ、それじゃあ――――」

「早速明日から働いてもらうことにしよう、交渉成立だな。」

「……か、葛城君ッ、良いのか?」

「桐島が、選んだ答えだろ? 仕方ないよ……」

「そ、そうだけど……(さっきの、彼女の表情は、ひょっとして君に止めて欲しかったんじゃ……?)」

「葛城君……」

「桐島……何て言うか、その……頑張ってくれよ。」

「う、うん、ごめんね……手伝ってあげれなくなっちゃって……」

「まぁ……出来るだけ顔を出すようにするよ。」

「……うん。」


英美は、達也の体を蘇生させるために、日下の元で働くという決断をしたのだ。

例え何年掛かっても……早坂達也の肉体が蘇生されるまで、働き続けるという選択を。

それに対し、流石の日下も呆気に取られたが、すぐに笑い出すと、
彼女を採用する事を認め、研究を続ける為か、培養室を後にした。

英美も、史人と短い別れを告げると、日下の後を追うようにして、培養室を去っていった。

……よって其処には史人と三四郎だけが残され、
黙ったままになってしまった史人に、三四郎は語りかけた。

そんな彼の勘は、なかなか冴えているようである。


「……寂しく、なってしまったね。」

「うん……でも、此処にいるほうが桐島も安全さ、俺達は銀座を目指そう。」

「そうだね。(やっぱり無理してるな、葛城君……)」

「……いいんだよ、これで。」




……………………




…………




……あれから、史人の旅は続き、彼は幾度と市ヶ谷シェルターを訪れた。

日下も史人の事が気に入ったようで、まれに周辺の悪魔の退治を任せるなど、
依頼を頼む為に市ヶ谷に呼び出すことも何度かあった。

それほどまでに、史人はデビルバスターとしての実力をつけて来たのであり、
彼がどんな戦いを繰り広げたのかというと、もはや一度に述べるにしては多すぎた。

また、史人は由宇香の右足を六本木の大歓楽街の大悪魔・堕天使イポスを倒すことによって持ち帰り、
日下の研究意欲を上昇させ、市ヶ谷シェルターの者の中では、
もはや葛城史人という名前を知らぬ者は居ないほどの存在になっていた。

そんな彼の戦いの内容を、英美は本人から彼が来るたびに聞き出し、
三四郎が史人の元を去った事は別として、様々な武勇は、英美自身の生きる力にもなった。

そして、今は治まってしまったのか、まれに発生する発情はなくなり、
史人と英美との肉体関係は、いつの間にか無くなってしまっていた。

史人にとっては、英美が発情を抑える必要がなくなったのが多少残念だったが、
英美にとっては冗談ではない事だと思うし、素直に喜んでおくしかなかった。




そして時は流れ……冒頭に話は戻る。

最近、彼女は夜、うなされることが本当に多くなった。

特に史人がこの場所を離れ、暫く経った夜は、ほぼ確実に嫌な夢を見る。

史人と行動していたときは、発情する事はあれど、
シャンシャンシティでの悪夢を見る事は一度も無かったのだが……

今の英美にはそれを防ぐ術(すべ)は無く、耐えるしかなかった。


……と、史人が去って何日か過ぎ、再び悪夢にうなされるようになった頃、
突然に達也の肉体に異常が置き、その形そのものが無くなってしまったのだ。

その事実は、英美の心に、深い亀裂を入れた。


「どうして……達也ッ……折角、諦めれたのにっ……」


英美は、力なく個室に戻ると、ベットにうつ伏せに倒れると、枕を涙で濡らしていた。

そのまま数十分後、彼女は泣き疲れて寝てしまった。

すると……意識を失っている英美の頭の中に……誰かが語りかけてきた。

どうやら夢のようだが、何故か夢の中の英美の意識はしっかりとしていた。


『……み……英美……』


『えっ……誰? その声……もしかして、達也なのッ?』


『聞いてくれ……俺はもう、死んでいる……この世には、居ないんだ……』


『そ、そんな事言わないでッ! 達也の体は、昨日までちゃんと……』


『……だから、これ以上、束縛……されるな……肉体は、消しておいた、筈……
 もっと自分に……素直に、生きてくれ……アイツなら、きっとお前を……』


『……ッ!?(た、達也……自分から肉体を消したって言うのッ?)
でも、彼には……由宇香が……それに、私なんかじゃ……』


『大、丈夫……お前になら、アイツを奪い……取れるさ……
良い、か? 絶対、俺の分まで……生きて、幸せ……に……』


『ち、ちょっと……達也ぁ! 待ってよ!! もう行っちゃうなんてッ。』


『……っ……』


『達也……達也ぁぁーーーーッ!!』


――――ガバァッ!!


「ハァッ、ハァッ……ゆ、め……?」


達也は、英美の夢に出て来て、最後の別れを告げた。

シャンシャンシティの再会から英美が段々と史人に惹かれていた事も、
由宇香の存在から史人を想って彼の事を諦め、達也の肉体を蘇生させようとしていたことも、
夢の中の達也は全て知っていたようだった。

先ほど消滅した早坂の肉体も、彼自身が望んで風化させてしまったのではないか……?

それらは目が覚めた今となっては、夢の中の早坂達也が、
本当の達也の魂だったかどうかは判らないが、英美は考えた末、決断した。

今こそ葛城史人に……自分の気持ちを伝えてしまおう……と。




……数時間後。




「葛城君……」

「き……桐島ッ、達也の体が消えたってホントかッ?」


英美に呼び出された達也は、蘇ったニュートンと供に、市ヶ谷シェルターに飛んできた。

現在はミレニアム総本山を攻略中らしいのだが、それを切り上げて戻ってきた史人だった。

慌てていた彼だったが、逆に、意外にも落ち着いている英美に、
史人も息を落ち着かせる事にすると、英美は彼の腕を引っ張って言った。


「うん……でも、それよりも言いたいことがあるの……良いかな?」

「あッ、あぁ……」


今度は思い詰めた様な表情になった英美に、史人は大人しく英美に引っ張られていった。

そのまま彼女の個室まで連れて行かれたが、
ニュートンは部屋の手前で足を止め、その場で体を縮ませてしまい、
まったく良く出来たコンパニオンアニマルであろう。

そんな訳で、個室で二人っきりになった英美は、首を傾げる史人に、自分の想いを吐き出した。


シャンシャンシティでの再開から、英美は史人に惹かれ始めており、
体を何度も重ねて来た事によって、その想いがさらに強くなって来たという事。

そんな中、達也の死を知り……英美は、達也を諦めて史人に告白するか、
達也の肉体を蘇生させて史人を諦めるか悩んだが、
史人はあくまで自分の発情の為に自分を抱いてくれており、
由宇香という親友の肉体を復活させる事を目標としている為、結局は後者を選んだ事。

そして……達也が自分の夢の中に現れ、自ら肉体を崩壊させ、
自分に素直に生きろと言ってくれたという事。

それを史人は黙って聞いていたが……彼をしっかりと見て、英美は告げた。


「私……葛城君が好き、尻軽だって言われても良い……
 親友の彼氏を寝取る最低の女だって言われても良い……
 でも、この気持ちだけには、嘘をつきたくないから…………でも、迷惑だよね?」

「…………」

「…………」≪ドクン、ドクン……≫

「……いや、実は俺も……そうだったんだ。」

「えっ?」

「達也が死んだとき……桐島が肉体を蘇生させるって言ったけど……俺は反対だった、
 けど、桐島と達也の事が引っかかって……何も言えなかったんだ。」

「じゃ、じゃあ……葛城君も同じだったの……?」

「そうなんだと思う……でも、まだ判らないんだ……飛鳥が、由宇香が……
 この俺の旅の結末がどのような物なのかが……
 だから、もう少し待っていてくれないか? 全てが終わったら、必ず答えを出す。」

「う、うんっ……それじゃあ、まだ私にもチャンスがあるって事なんだよね?
それなら、その旅が終わるまで……また葛城君と一緒に居てもいいッ?」

「それは良いけど……前よりも危険な戦いになるよ……?」

「大丈夫、平気だよッ……葛城君と一緒に居られるんだから……」

「桐島……」


その告白に対し、史人の返答は曖昧だったが、
英美はいつの間にか史人は大きな何かを背負っている事を感じていたし、
自分の想いが拒絶されなかっただけ……また史人と一緒に居られる事だけで、
彼女は告白もできすっきりしたのか、満足そうな笑みを浮かべた。

と、いつの間にか二人の距離は縮まり、英美は史人の首に手を回していた。

史人も、英美の腰に手を回し、二人はベットに倒れ込んだ。


「葛城君……今、ちょっとの間だけ……私を貴方の彼女にさせて……」

「ちょっとだけで、良いのかい?」

「ん〜〜それじゃあ、今日一日だけにで……」

「わかったよ、それにしても……いつの間にか『アレ(生理の事じゃない)』が来なくなったみたいだね。」

「う、うん……実は、二週間くらいで治まっちゃってて……」

「えぇぇッ!? それじゃあ、他の『アレ』なんだったんだよ!? 俺結構頑張ったんだぞッ!?」

「えへへ……わかるでしょ? その頃から、あなたに……」

「クッ……今日はとことん御仕置きしてやるーッ!!」

「ご、ごめんなさぁぁ〜い!」


久々に肌を重ねあう二人だったが、初めて、そこには愛があった。

それだけで、史人と英美の距離は、一気に近付いていった。


「まずは、これを元気にしてもらわないとね〜。」

「あ、うん……んむぅッ。」

「そ、そうそう、いい感じだ……」

「ん……ンンッ、ちゅぷっ……」


……まず、早速ジッパーを降ろし、意地悪そうな笑みでイチモツを取り出した史人だったが、
それを英美は躊躇いも無く咥え、いきなり立場が逆転するような形となった。

そのまま2・3分、ベットの上でフェラチオが続き、史人に限界が訪れた。


「ッ……(やべっ、出るッ……)」

どくっ、びゅくくっ……

「んッ!? ンくッ……うぅッ。」

「わ、悪い、ちょっと我慢できなかった。」

「っ……(ゴクンッ)……えへ、葛城君、沢山出たね。」

「ま、まぁ、久しぶりだったからな……」

「それに、まだこんなに元気……」

「……久しぶり、だからな。」


よって、英美の口内に射精した史人に対して、
直後は苦しそうに顔を歪めた英美だったが、すぐに懸命に史人の精を飲み込んだ。

なかなかの量だったようだが、英美のまだ以前の妖艶さが残る表情に興奮してか、
史人のペニスはまだそのままの状態を維持していた。

その為か、少々照れた表情で頭を掻く史人に、英美は上目遣いで史人を見上げながら言った。


「それじゃ、脱がせて。」

「ま、任せろ。」

する、ふわぁさ、する……

「うん、上手……」

「……ッ? これ、石鹸の匂い?」

「え? する、匂い? さっきシャワー浴びたから……」

「へぇ、なかなか良い匂いだ。」 ぐいっ。

「っ!? そ、そこは、違ッ……」


勿論、英美の頼みを断るはずなく、丁寧に服を脱がしてゆく史人。

その中、最後の一枚、英美のショーツを脱がしており、
仰向けでエビ型にされようと、相変わらずなすがままになっている英美に、
興奮度が高まってくる史人だったが、ようやく彼は英美の匂いに気付き、多少理性が戻った。

しかし、史人はショーツを脱がし終えて露になった英美の秘所を見て再び興奮したか、
彼女の足を両手で押し開いて顔を近づけた。

史人は、ワザと音を立てるようにしゃぶりつき、英美は突然の快感に背筋を張る。


「う〜ん、本当に『良い匂い』だよ。」

チュルッ、ぴちゃっ……ニュチュッ……

「ひッ……そんなに掻き回しちゃ、ァアッ! んぁあッ!!」

ビクン……ッ!!

「んっ、アレ? 軽くイッちゃった?」

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

「へへ、でもまだこれからさ。」


それにより、英美も英美で久々のじかの快感であったためか、
一分程度であっさりと絶頂を迎えてしまった。

だが、それで性欲がさらに上がっただけだった史人は、
英美の秘所から口を離すと、正常位として腰を近付けていったが、
彼女は史人に対して意外な行動に移った。

自ら腰を持ち上げて、お尻を露にさせたのだ。

そして、菊座を自ら開き、潤んだ瞳で史人に『お願い』する。


「か、葛城君……今日は、こっちに……してッ……」

「え”ッ? そ、そっちは……」

「あ、あのねッ……私、葛城君になら、全部あげて良いって思ってるから……
だから……でも、こっちは嫌……?」

「い、いやッ、そう言う訳じゃないけど……(俺アナルなんてした事ないし……)」

「だ、大丈夫だよ? ちゃんと洗ったから……」

「(ゴクッ。)そ、それじゃあ遠慮なくいくけど……力抜いてよ?」

「ん……」

「……(お、おいおい……『コンナトコ』に入るのか? まじで……)」


史人は英美に言われるまま、彼女の菊座に肉棒の先端を押し当てた。

しかし、はじめて英美に入れたときの穴よりも、遥かにその穴は小さい。

史人は少し悩んだが、瞳を閉じて待っている英美に対し、ゆっくりと腰を突き入れていった。


「ぁ……ぁあ……ァッ……」

「(け、結構すんなり……それに、なんだコレ、気持ち良ッ……)」

「んンッ、イッ……ぁぁっ……」

「くぅ〜っ……!」

≪ギシッ! ギシッ、ギシッ!!≫


その瞬間、史人は射精したくなる衝動を抑える。

はじめは力が込められていなかった事からすんなり入ったものの、
その後の締め付けで、史人は激しい快感に襲われたからだ。

少しでも気が緩んだら出してしまう……そう考えた史人は、
激しく腰を振り、緩みを吹き飛ばそうとベットを揺らした。

そのまま数分、史人は遂に射精を抑えられなくなろうとしていた。

英美も、シーツを強く握り締め、絶頂を必死で抑えているようだった。


「だ、駄目ぇッ! もう、お尻で、イッっちゃ……うっ、んぁぁっ!!」

「クッ……俺も、出ッそ……!」

「葛城君ッ、中に……出してッ……!」

「――――っ!!」

ドクッ! ドク、ドクンッ!!

「あっ……熱、ぅ……ふぁァあぁ……」

「(くぅっ……射精、とまんねッ……)」


そして、遂に史人は英美のアナルに精を放った。

その量は結構なもので、史人は抜こうか抜かまいか迷っていたところだったが、
注ぎ込まれている精を感じながら、英美が息絶え絶えに口を開いた。


「か、葛城くん……ごめんね……私、お尻……はじめてじゃ、なくって……」

「エッ?」

「私、実は――――」


それは、自分は依然誰かとアナルセックスとしたことがあるという事。

英美は、これから史人を想うからこそ、彼に嘘はつきたくなかったのだ。

対し、史人はすぐさま、達也が尻でしたとは思えない……って事は――――

と、英美が言いたい事を察し、彼女の口を塞いだ。


「それは、言わなくていいんだよ。」

「んむっ?」←どうしてとでも言いたいようだ。

「もう、気にしなくても良いんだ……それに『あんな事』があったから、
俺と桐島はこうしてるのかもしれない。 何事にも、前向きにね……」

「……そ、そうだよねっ、こんなの、私らしくなかったよねッ?」

「ハハ、それじゃ、このまま二発目、いくぞッ?」

「う、うんッ……まだ、抜いちゃ、や……」


英美が感じていたことなど、史人にとっては些細なことでしかなかった。

彼女は、汚された自分は史人にとって役不足だと感じていたが、
史人にとっては、そんなハズはあるはずもなく、
自分が英美の辛い過去を拭ってやれるなら、どんな抱き方でもしてやろうと思っていた。

その彼の優しさを感じ、英美は腰を持ち上げ、
まだまだ硬い史人のペニスを、自分のアナルに押し込めていった。


……そして、数時間が経ち、普段の戦いの姿とは考えられない表情をして眠る史人の寝顔を見下ろし、
英美はこれからずっと、史人を追いかけていこうと誓った。

この瞬間から、英美は生涯、悪夢によってうなされる事は無かった。

史人に、後ろも愛されることにより、蟠(わだかま)りは消えてしまったようだった。




「……そうか、また旅立つと言う訳か。」

「そうなんです、自分勝手でごめんなさい……」

「そちらが謝る事ではないだろう? 早坂君の肉体を失わせた原因はわからずとも、
非はこちらにある……しかし、本当に一銭もいらない言うのか?」

「えぇ、いろいろ勉強させて貰いましたし、お金なんてとんでもないです。
(それ以前に、達也の体が消えちゃったのは先生のせいじゃないし……)」

「……まぁ、当施設のサイバネック技術が必要であれば何時でも尋ねてきてくれ。
君達二人には、特別に破格で提供することにしよう。
だが君達には……なるべく必要になって欲しくないものだがな。」

「日下さん……」

「ま、余計な節介だったな……橘由宇香の肉体の事は任せてくれ。」

「ハイッ。」




……………………




…………




そして翌日から……史人の戦いの旅はごく普通に再開された。

だが、再び加わった英美により、由宇香は何を想うのか? 飛鳥は何を想うのか?

史人が辿り着く結末とは、一体どんなものなのか?

それは誰にもわからないが、葛城史人は、再び都庁の最上階を踏みしめた時、
『人』としてあり続け、物語の最後に辿り着けたとだけは言っておこう。


そして、彼の傍らには……二人の……








END

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あとがき

はじめまして、シンジといいます、読破御疲れ様でした。
偽典を普通に進める中のカップリングではありえない組み合わせをした為、
アバドン撃破後の桐島覚醒のタイミング、早坂の体が消えてしまう等、
ストーリーも滅茶苦茶になってしまいましたが、
これが私なりの『葛城と桐島がくっ付いたらこうがいいな』
……という妄想なのでご容赦ください(カズミはただ出したかっただけですが)。

しかし、投稿するぞ〜という事で読み返してみれば、
思えば桐島は物凄いコスチュームでしたね……ブラやショーツ着れませんね(汗)
また何か投稿させていただくことになりましたら、その辺をしっかりしておこうと思います。
最後に、掲載させて頂いた蛇さん、ありがとうございました。

 

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