偽典・女神転生 東京黙示録

第四話「憑依」

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そして翌日・・・・・・・。
ベッドで目覚めた僕は、自分の身に久々にまともな感覚、
まともな感情が戻って来た事を感じた。
ベッドの中でゆっくりと深呼吸をし、昨日までの事を振り返る・・・・・・
自分が異常な行動を取ってしまった事。
それは"悪魔撃退プログラム"を解凍した時から始まった事。
それらを頭の中で整理して行くうちに、あるひとつの事件を思い出した。
ちょうど、自分がおかしくなった当日の夜、コンピューター画面に残された、あの奇妙なデータ送信文の事を・・・・・・・・・。
急いでコンピューターに向かった。
コンピューターには、常時ロックが掛けられている。
ロックを解除しなければ、何ひとつ操作は出来ない。
そして、ロック解除には、パスワード入力が必要だ。
パスワード名は"ZOWY-THE-KITTY"
僕以外には、誰も知る者はいない。
そのパスワード名は、幼い頃、両親に買って貰った小さなロボット猫に付けた名前だった。
いつもの様にパスワードを入力し、ロック解除する。
そして、データ通信のTENPを開き、問題の夜の記録を探す・・・・・
『・・・・・・・・メイルをアップロードします
AIM.BIN 1.2ギガバイト・・・・・・・・・・・・・・・・・
アップロード完了
送信先を指定してください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お茶の水シェルター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・送信完了
何かキーを押して下さい。通信を終了します。』
お茶の水シェルターに宛て、悪魔の名前とおぼしきファイルを送信している。
前後の動きから、これらのデータが"悪魔撃退プログラム"内に圧縮されていたデータである事に間違いはない。
画面を見つめていると、ある奇妙な事に気付いた。
あのプログラムは・・・・・・・・・・・・・・?
そこには記憶がおかしくなる直前に見た、あの膨大なデータ量のMURMUR.BINという名のファイルは、忽然と消えたかの様に見当たらなかった。
・・・・・・・・・D.D.M デジタル・デビル・メイル・・・・・・・・・
僕の頭には、以前山瀬に見せられた、データ化した悪魔をコンピューター・ネットワークを通じて、相手に送り付ける事が出来るというソフトの名が浮かんだ。
・・・・・経路不明の悪魔侵入・・・奇妙な霊的磁場の増大・・・・・・
・・・・・データ化した肉体を持たぬ悪魔・・・・・・・悪魔憑依・・・・・
脳裏で、ひとつの絶望的な予測が形を作り出して来た。
その時、背後で扉の開く音がした。
「葛城くん大変なの!妹が・・・・・・私の妹が!!」
由宇香の両目は、涙に濡れ、赤くなっている。
また・・・・・何かが起ったのか・・・・・・
「あ、橘さんも来てたのか。
もう話は?」
早坂の問いに、由宇香は黙ったまま、首を横に振る。
「そうか・・・・・・。
実はな葛城、今日、ファームの樹木エリアで変死体が発見されたんだ。
被害者は・・・・・・
橘さんの腹違いの妹さんである、橘美莉ちゃんだ。
死亡時刻は、昨日深夜か今日未明。
・・・・・・死体から、血が一滴も残さず吸い取られていた。
しかし、周囲には血痕はおろか、遺体には外傷ひとつ見られない。
「・・・・・・・・う・・うっ・・・・・」
気丈にも耐えていた由宇香は、ついに肩を振るわせ嗚咽し始めてしまった。
「橘さん・・・・・・・ごめん。」
「・・・・いいの・・・・・・続けて・・・・・」
「・・・・・・犯人の特定は、まだ出来ていない。
死体の状況から見て、シェルター内に悪魔が侵入した事にまず間違いはないだろう。」
心臓の鼓動が高鳴る。
静まり返った部屋に、その音が木霊するかの様に思われた。
「謹慎中の身である我々第二部隊には、何も成す術が無い。
口惜しい事だが・・・・・」
下を向き、嗚咽していた由宇香が、その時驚愕の小さな悲鳴を上げた。
「ま・・・・さか・・・・そんな!!」
「どうした?!」
由宇香の凝視する方を目で追い、早坂もギクリと身体を硬直させた。
二人の視線は、僕の足元に注がれていた。
「葛城くん、その足・・・・どうして?」
靴には、柔らかい土を踏み散らかした音のように土が付着し、汚れていた。
人工物だらけのシェルター内で、土が付着するような場所といえば、ファーム以外にはない。
死体が発見されてから後は、調査の為に封鎖されているのだから、
土が付着のタイミングを予測した場合、犯行時間に一致してしまう。
「葛城・・・・・お前じゃないよな?
答えろよ・・・・・はっきりと言ってくれッ!!」
「そうだと思う。」
僕は、絶望の色を湛えた瞳で早坂を見つめ、哀しげな笑いを浮かべそう答えた。
「やめてッ!!嘘よ、そんな訳無いわよ!
だって、葛城くんが、美莉を殺す理由なんて無いわ!」
「理由はあるよ。」
「え?」
「血だよ・・・・・・・」
身体の中に、何かが蠢くおぞましい感触が走った。
「・・・・・・葛城、何を一体・・・・・」
まるで自分の口が勝手に動くかの様な感覚に囚われながら、
頭の中で整理した最も信じたくはない考えを、由宇香と早坂に語った。
真実に触れる言葉を発する度、体内を耐え難い苦痛とおぞましい感触とが襲う・・・・・・
それでも話す事を止めなかった。
「もういい・・・・・もう、それ以上言うな。」
「葛城くんが・・・・・?
葛城くんも知らない内に美莉を・・・・・・信じない・・・・・・そんな事、私信じないわ・・・・。
・・・・絶対信じない・・・・・」
「葛城、お前はここを一歩も出るな。
そして、誰にも会うな。
俺は隊長にこの事を相談する。
少ししたら、改めて連絡する・・・・・・だから、それまで信じて待っていてくれ。」
早坂は、痛みを堪えるかの様な顔をし、足早に部屋を出て行った。
僕の中を、様々な想いが駆け抜ける。
父に憧れ、デビルバスターに憧れていた自分・・・・・苦い思い出・・・・楽しかった日々
・・・・平坦に流れて行くと感じた、自分の人生の残骸を・・・・・。
「葛城くん。」
その時、由宇香が声をかけて来た。
殺人者である自分を恐れ、そして、憎しみの視線を投げかけているであろう事を確信しながら、由宇香を見た。
しかし、そこにあったのは、深い哀しみに縁取られてはいるものの、まるで恋人か我が子を見るような、愛に満ちた優しい瞳だった。
そのまま黙って彼女を見つめた。
「うん、葛城くん、解ってる・・・・解ってるよ。
私ね、今やっと気付いたの。
私・・・・入隊試験で貴方と会ってから、ううん・・・・・もっと前から・・・・・
貴方の事が好きだったの。本当よ。」
「殺人者なのに?」
「私は、酷い人間なのかも知れない。
美莉が死んで哀しいはずなのに、貴方を憎まなきゃならないのに、
湧き起こって来て止められないの。貴方が好きだってこの気持ちが・・・・・。」
二人は見つめ合ったまま・・・・・もう、何も語らなかった。
何もかもが動く事を止めてしまったかの様に・・・・・
その一瞬が、永遠に続く神話であるかの様に・・・・・
言葉は、もはや何の意味を成しはしなかった。

どのくらい、そうしていただろうか。
通信を知らせる音で、二人の間の時間が再び動き出した。
『明日、B5Fの詰め所で、隊長と交え話し合う事になった。
本当ならば、今すぐにでも話がしたいのだが・・・・・
隊長は今、管理部での上層会議に出席中なんだ。
どうやら、今日一日は会議から抜け出れそうも無いらしい。
それと・・・・・・
葛城、明日はお前ひとりで来てくれ。
橘さん。
君も聞こえていると思うけど、そういう事に決まったんだ。
・・・・・・宜しく頼むよ。
じゃあ、明日になったら迎えに行く。
以上だ。』
早坂からの通信が切れた・・・・
「私、明日まで、ここにいてもいいでしょう?
・・・・・・離れたくないの。
今ここを離れたら、何だか一生会えない気がして・・・・・・・・」
そう言って、由宇香は僕にしがみついた。
自分の胸にしがみつき、肩を震わせている由宇香の髪を優しく撫で、そして抱きしめた・・・・・。
「葛城くん・・・・・好き・・・・
葛城くん・・・・・もっと強く抱きしめて・・・離さないで・・・・・
そして・・・・・キスして・・・・・愛しているの・・・・・」
由宇香の鼓動が、密着する身体を伝わり、甘美なパルスとなって、僕の内部へと届いて来る・・・・。
その潤んだ瞳は固く閉じられ、まだ涙に濡れる長い睫毛が、恥じらいと緊張で震えている・・・・・・。
脳が灼けるような甘い衝動に襲われた。
でも、戸惑い躊躇する。自分は許せざる罪を犯した人間だ。
「私の事が・・・・・・・キライ?」
由宇香は目を開いて、悲しそうに僕を見つめている。
そんな由宇香を前に、理性が吹き飛んだ。
どうなっても構わない。
今はただ、由宇香の全てが欲しかった。
僕は由宇香を引き離し、ベッドに押し倒そうとした・・・・・・
「いや・・・・・・酷いわ・・・・葛城くん、本当に私の事が好きなの?」
由宇香は身体を強張らせ、僕から身体を離した。
何も言えなかった。そのまま、凍り付いてしまった。
「ごめんなさい・・・・・・・・
私ったら、葛城くんの気持ちも考えずに・・・・どうかしていたわ。」
さっきまでの雰囲気は嘘の様に消え去り、部屋には気まずい空気が流れた。
「葛城くん。
あ・・・・・明日の事があるんだし、もう休んだ方が良いと思うわ。
あの・・・・私、あの辺を片付けるわ。
私の事は気にしないで、葛城くんは寝て頂戴ね。」
そう言うと由宇香は、僕を避ける様に奥の部屋へ行ってしまった。
もう、何を言っても無駄だろう・・・・・・。
由宇香がいなくなった途端、僕の胸を言い表せぬ不安が襲った。
明日・・・・・・詰め所で自分を待ち受けている運命は・・・・・・・・。
何者かが嘲笑する声が聞こえる様な気がし、たまらなくなり、ベッドに潜り込んだ。
奥の部屋から食器を片付ける音が聞こえていたが、程無くしてそれも薄れ、絶望の淵で深い眠りに落ちて行った・・・・・・・・・・・。

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