翌朝、目覚めた・・・・・。
まどろみの中で、いつもと変わらぬ室内を見渡す。
由宇香は・・・・・いた・・・・・
彼女は、傍らのテーブルでうたた寝をしているようだ・・・・
・・・・・部屋の中は静寂に包まれている・・・
全てが夢だったのかとすら思えてしまう・・・・・・
しかし、そんな思いなど手易く木端微塵に砕いてしまう、容赦の無い現実が訪れた。
早坂が迎えに現れたのだ・・・・・
「隊長も他の皆も揃っている・・・・・・・・・・・さあ、一緒に詰め所に行こう。」
早坂に付き添われ、部屋を出る・・・・・・
背後で、由宇香の目覚める気配がする。
だが、僕には振り向くだけの勇気は無かった・・・・・・
シェルターの中は、残酷なほどいつもと同じ様子だった。
あの日以来、シェルターの内部では霊体悪魔の出現が頻発していると聞いていたが、
デビルバスターが見回りしている以外は、僕が正常だった時と同じ風景だ。
周りが正常だからこそ、異常になってしまった僕は排除されるべき存在だろう。
詰め所に近づく一歩は、死刑台に向かう13段の階段を上る一歩と等しかった。
分かっている、これはデビルバスターになれなかった僕が勝手に功を急いであのプログラムを解析したのが原因なんだ。
僕は、裁かれるべき存在だ。今取り付いている悪魔ごと消滅されるべき者だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・由宇香・・・・・・・・・・・・・・・・・
死を覚悟して、なお頭から彼女の顔が離れられない。
何故、振り返られなかったのか、今はそれを後悔するばかりだった。
詰め所に入ると、そこには全員が揃っていた。
全員強張った表情をし、まるで出撃前の様な重装備をしている。
「待っていたよ、葛城。」
いつも通り、優しく僕に声をかける西野の、
身体に隠された方の手が、何かのスイッチを入れた動きを、僕は敏感に察知した。
普通では聞こえる筈の無い、扉の電子ロックが閉められた、
かすかな音が背後で聞こえる。
自分は殺される・・・・・
これが、己に定められた運命、人生の終わり方なのだと悟った。
静かに目を閉じ、運命の女神の振るう鋏の音を待った・・・・・・
「マグネタイトは、もう十分足りたのか?」
ドクンッ!
西野の言葉に反応して
僕の体内で、何かが動く気配がする。
心臓は早鐘の様に鳴り出した。
「御茶ノ水シェルターに送った悪魔データは回収したぜ。
せっかくの作戦がおじゃんになって、残念だったな!」
ドクンッ!
さらに早坂の言葉で
僕の体内で、もう一つの生物の気配が、以前より強く、そして確かに感じられた。
「気の毒にね。
作戦は失敗、小さな少女のマグネタイトだけが、やっと得られた、
お前の成果になるのよ。」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・・・・・
体内で蠢く、もう一つの生物の鼓動が鳴る度に、
例え様もないおぞましい感触が身体を駆け巡る。
それと同時に、外部から壮絶な圧力に押し潰されるかの様な、耐え難い苦痛が全身を支配する。
もう立っている事も出来なくなって来た。
「早坂!
マグネタイトを十分に吸収した敵は手強い・・・・・油断するな!」
「了解!」
「葛城くん・・・・・!」
ドクッ!!!
僕は意識を失い、人形の様にその場に崩れ落ちた。
「来るぞッ!!」
西野達の間に緊張が走る。
その時、意識を半ば失った僕の口から、粘り気を帯びた白煙が立ち昇った。
白煙はゆっくりと螺旋に上昇しながら、次第に形を創り出して行く。
そして、悪魔はついにその姿を表わした。
「今だわ、葛城くんを、こっちへっ!!」
その声と同時に早坂は、倒れる僕に素早く駆け寄り、
両腕を引っ張りながら、自分達の背後に移した。
「なかなか、面白い歓迎をしてくれましたね。
そこまでの口を聞いた者は、人間ではひとりもいません。」
有翼で青ざめた肌を持つ甲冑姿の男が現われた。彼の手には鎚と楯を持っていた。
「隊長・・・・・
アナライズの結果、悪魔名、ムールムール、
その他の情報は一切不明です。」
「まずい。
こいつは、とんでもない高レベルの悪魔だ・・・・・・・
まともに戦ったのでは、こちらに勝ち目はない!」
西野の声が、朦朧とした頭の中を響く・・・・・
「人間という生物は、なまじ知恵を持つから、始末におえないのです。
しかし、貴方がたは、まだしも救いがある方です。
殺してしまうのは、大変に惜しい。
きっと、よい労働力になる事でしょうからね。」
「お前は、労働キャンプにも関わりがあるのか?」
「そうそう・・・・・特に貴方は逸材ですよ。
このような、陳腐な猿芝居をさせているのは、本当にもったいない。
そして、あの少年も、私は気に入っているのですよ。
あの無垢な心・・・・・そして、そこに宿る恐怖心や絶望の味、
なかなかに美味でしたしね。」
僕は、意識を取り戻し、よろめきながらも立ち上がった。
「葛城!」
「葛城くんッ!」
早坂と桐島の声で、完全に意識を取り戻した。
「坊やも目覚めた事ですし・・・・・。
さて、お喋りはこのぐらいにしましょう。
私には、それ程時間は残されていないのでね。
とりあえず、貴方がたの力、見させてもらいましょうか?
フフフフフ・・・・・・・・・」
ムールムールはこちらを馬鹿にするように含み笑いをしている。
西野は冷静に銃を数発牽制用に撃ったが、確実に命中しているのにまったく傷を負っていなかった様だ。
弾幕に隠れて、早坂が間合いを詰め、悪魔の首に一撃を加えた。
しかし、あたかも空気に剣を振るかのごときまったく手応えがなかった。
ムールムールは余裕を示すかのように目を閉じていた。
「アギ!!」
ありったけな魔力を込めて、炎の呪文を放った。しかし、まったく効いていない。
桐島のアームターミナルには呪文の文字が流れた。バーニンガーのプログラムだ。
プログラムが完了した途端、ムールムールの周りに炎が発生した。
「フフフフフ・・・・・・」
薄ら笑いをしている。あたかも、そんなものは効かないといっているようだ。
「どうなっているんだ?」
「銃も剣も魔法も聞かないなんて・・・・・」
「慌てるな!!相手は非実体だ・・・・・魔法は有効なはずだ。」
英美は再びバーニンガーのプログラムを走り出した。
そして、僕も再び魔法を唱え始め、発動のタイミングを図った。
ムールムールの周りに炎が発生すると同時に、
「アギラオ!!!」
先程より僕は強力な炎を発した。
ムールムールにいた場所に巨大な火柱が立ったが、
炎が消えて、僕たちが見た光景は、あくびをかみ殺している悪魔の姿だった。
「西野・・・・と言いましたね。」
突然、ムールムールは西野に語りかけた。
「貴方の事が何故、気になるかがやっと分かりました。
気付かぬ内は、そうやって、もがき苦しむのも一興。
人間の愚かさと弱さを思い知り、そして己に気付くと良いでしょう。
フフフフフ・・・・・・」
ムールムールの身体は、再び徐々に白煙と化し、ついには扉の隙間から、外部に向かい、去って行った。
「桐島!大至急、管理部に通信報告だ。」
「りょ、了解!!」
「原宿シェルターを壊滅させた同悪魔が、シェルター内に逃走。
敵の形状は非肉体系悪魔・・・・・・・
名称、ムールムール・・・・・・・・・・・
能力、その他は全く不明・・・・・・・
各エリアの電磁場シールドを発動させ、敵の行動範囲を限定する。
そして、シェルター内の全デビルバスター部隊の出動も要請する!」
「た・・・・・隊長ッ!!大変ですよッ!!
通信機構が完全に停止しています!
内部間での通信のみならず、外部への通信も行なえません!!」
「何だと!!
原因は何だ?奴に破壊されたのか?!」
「現在解析中です・・・・・・。」
英美は、キーボートを、猛烈なスピードで打ち続けている。
その額には汗が滲み、目は小刻みに左右に動いている。
「判明しました!
通信機構、破壊はされておりません。
通信機構の停止命令は・・・・・・・・・・・」
「どうした?停止命令は、何処から出されているんだ?」
「管制コンピューター室、メインコンピューターから・・・・です。
停止命令を出した人物は、不明です。」
「何だと!」
「管制コンピューター室は、結界の強度もシェルター随一の筈だ。
悪魔が侵入する何て事は・・・・・・・」
早坂は信じられない表情で言った。
「桐島!結界の動作状況はどうだ?!」
「正常に作動中です!
尚、各階とも、現在のところは、全く異状が見られません。」
「・・・・・・・・これは、ムールムールではない。
管制コンピューター室に、別種の異変が起きたのだ。」
「・・・・・・・・・・・そんな、一体何が!!」
「分からん・・・・・しかし、まずは、住民達の安全確保が最優先だ。
すぐに、居住区に向かわねば・・・・・・・・・」
そう西野が言い終わらぬ内に、由宇香と山瀬が、血相を変えて飛び込んできた。
「大変です!隊長!
B6Fレクリエーション施設と、居住区に悪魔が出現!」
「今までの比ではない数の、悪魔が出現しています!
管理部に連絡しようにも、全く通信がつながりません!」
山瀬も由宇香も深刻な表情をして、報告した。
「住民は、とりあえず室内に避難させました。」
「他のデビルバスター達はどうしたんだ?」
「それが、全く姿が見られねえんだよ!」
早坂の問いに、山瀬は怒声めいた声で答えた。
「そうか・・・・・分かった。
今より住民の安全確保を第一に行動する。
まずは各階の状況調査からだ。」
「了解!!」